多角化及びM&Aに関する中小企業診断士試験・過去問の設問について、常識に基づいて解説します。
企業経営理論 令和2年度 第5問
多角化とM&Aに関する記述として、最も不適切なものはどれか。
ア 異業種、同業種を問わず、M&A の統合段階における機能統合では、準備段階 でのデューデリジェンス(due diligence)による、研究開発、生産、販売などの重複部分や補完関係の明確化が重要である。
イ 異業種のM&Aのメリットは、基本的には、範囲の経済とリスクの分散の実 現であるが、自社の必要としない資源までも獲得してしまうリスクもある。
ウ 多角化では、企業の主要な市場での需要の低下という脅威は、外的な成長誘引(external inducement)となる。
エ 多角化には、特定の事業の組み合わせで追加的に発生する相乗効果と、複数の製品市場分野での事業が互いに足りない部分を補い合う相補効果がある。
オ 同業種のM&Aのメリットは、基本的には、規模の経済と経験効果の実現で あるが、同業種間であるため各々の組織文化の調整と統合にはコストがかからない。
正解
オ
解説
オの「同業種間であるため各々の組織文化の調整と統合にはコストがかからない。」というのが不適切です。ドラマ半沢直樹を見られた方は、銀行が合併した後の組織文化の調整に苦労していたストーリーを思い浮かべれば、イメージがわくのではないでしょうか。
同業種であっても、意思決定のスタイルが合意形成型の企業とトップダウン方式企業、また、リーダーシップが民主的な企業と社長の独裁的な企業が合併した後、組織文化の調整と統合にコストがかかるのは明白です。
よって、オが不適切な選択肢です。
例えば、アの「デューデリジェンス」、イの「範囲の経済とリスクの分散」、ウの「外的な成長誘引」、エの「相乗効果」と「相補効果」など。これらの意味が分からない場合、適切であることが不明なまま読むことになりますが、オを落ち着いて読めば、常識的に不適切だとわかるので、正解できる問題です。
ア M&Aには、準備段階、交渉段階、最終契約段階のフェーズがあります。このうち準備段階において買収側は売却対象企業に対し、デューデリジェンス(後述します)を行います。研究開発、生産、販売などの重複部分が多ければ、買収する価値が低く、補完関係が高ければ、買収するメリットが大きいと判断し、その明確化は、異業種、同業種を問わず重要です。よって適切な選択肢です。
イ 範囲の経済とは、複数の企業が各々複数の事業を行うより、単一の企業が複数の事業を行う方が効率的であることをいいます。異業種の M&A のメリットは、範囲の経済の実現であるといえます。また、リスク分散を図る上でもメリットがあります。ただし、買収側は必要な資源のみを獲得できるわけではないので、不要資源獲得のリスクはあります。よって適切な記述です。
ウ 既存市場での需要低下は、新事業参入のきっかけとなり、多角化を進める外的な成長誘引になります。平成30年度、24年度にも類似の選択肢が出題されています。
エ 相乗効果(シナジー効果)は、複数の事業の効果が合わさって、単体での効果を単純に合算するよりも、大きい効果を生み出すことであることから、「特定の事業の組み合わせで追加的に発生する」という表現は適切です。相補効果についても、「互いに足りない部分を補い合う」という記述は適切で、いずれの効果も多角化した企業が複数事業を展開するうえで重要なメリットといえます。よって適切な選択肢です。
用語の解説
デューデリジェンスとは、M&Aを行うにあたって買収側が売却対象企業ないしは事業等に対する実態を事前に把握し、価格や取引について適切な判断をするための調査のことをいいます。
外的な成長誘引とは、企業を多角化等によって新たな事業へと参入させる外部環境の機会もしくは脅威のことです。相補効果とは、コンプリメント効果ともいいます。複数の事業がお互いの弱点を補って、各々単独で事業を行うよりも効果的に事業効果を上げ、業績を伸ばすことです。